LOGINギルド内の冒険者の部署に大きな声が響く。何だ一体?
「え……? 本当に男性??? ちょっとよく顔を見せて下さい!!」
ガシッと頬をマリアンナさんに掴まれた。そして俺の顔を近くでじ――っと見てくる。何だろう既視感があるなあ。アーヤ姫も頬を掴んできたし、今日はよく顔をのぞかれるもんだ。
「ええーっと、近いんですが……」
まだこちらの顔をもう遠慮なしにぐいぐい見てくる。怖えよ。
「信じられない、こんな綺麗な顔なのに……、負けたわ」
何に? あれー、俺は何かの勝負を挑まれてたのか? 更に回りからガヤガヤと他の冒険者が集まって来る。何なんだ一体。
「マリーさん、マジかよ!」
「この子本当に男なの? どう見ても超絶美人な女の子じゃない!」
「とんでもなく綺麗な子が来たなーと思ってたら男なのか!? 残念だなー」
とりあえず誰もが口々に俺の性別についてワイワイ騒ぎ出した。まーたこの展開? もういいよ、こっちは辟易だ。て言うか自分でもそう思うしな。早く処理を済ませて欲しい。誰だ、残念とか言う奴は!
「彫刻のような整った顔、スベスベの白い肌、サラッサラで綺麗な髪……、超絶美少女じゃない! まるで唯一神のアストラリア様のよう……」
マリアンナ=マリーさん、とりあえず放してくれないかな。さらにむぎゅっと顔を掴まれる。もう勘弁してくれ。俺が予想したパターンじゃないが、これはこれで恥ずかしい。
「あのー、そろそろ放してもらえますか……?」
もごもごと何とか伝えると、マリーさんはようやく手を放してくれた。やれやれだ、ほっぺたが痛い。
「ああーごめんなさいね。あまりにも衝撃的過ぎて……」
「いや、もう慣れてますので……。でも俺は男なんで女性にそんなに近づかれると恥ずかしいですよ」
至近距離は勘弁して欲しい。男なのでさすがに照れる。
「えーと、登録はどうなるんですかね?」
さっさと済ませたい。視線が集まるのはキツイ。
「そうですね、いつもはBランク冒険者がいれば試験監督役をしてくれます。武器の扱いの技量と、魔法の試験です。今日は、街の周囲に魔物があまり見つからないらしく、暇している冒険者が多いので。人員も揃っています。すぐにでも試験は可能です。このまま試験も受けて行かれますか?」
手っ取り早く済むならそれは願ったり叶ったりだ。あー、街の周囲は昨日狩り尽くしたしな。道理で駐在してる人数が多いのか、悪いことしたな。
「えーと、じゃあ書類の再確認をしますね……。ってどの属性も使用可能!? ええええええ!?」
また周囲がざわつき始めた。騒々しいなあ。
「マジかよそんな奴が存在するのか!?」
「私でも2属性が限界なのに、どういうことなの!?」
ん、これは無知が招いたってことかな? でもそんなこと知らないし、スキル欄に乗ってるし使えるんだから仕方ない。また目立っている。アリアの馬鹿! そういうことは先に色々教えてくれよ!
「どういうことと言われても……、使えるものは使えますので」
「普通は逆の属性の魔法というものは使えないんですよ。火が使えたら水属性は使えない、聖属性が使えるなら闇属性は使えないって言うように。相反する属性を操るなど古の賢者様にも無理だったと言われてますから」
マジかよ。そんなこと知らんのだよ俺は。嘘だって吐いてないしな。
「マリーさんよ、試験したら分かることだろ、今日はメンツも揃ってるし。間違ってるならすぐ分かるさ。ってことで剣技の試験はBランクの俺が担当するぜ、俺の名前はエリックだ、頼むぜ嬢ちゃん」
グッと手を握られる。でっかいな、180㎝以上はあるが身体付きは無駄な筋肉がなく理想的な肉体だ。短めの金髪、明るくてムードメーカー的な奴だな。悪い印象も湧かない、不思議な奴だ。
「嬢ちゃんは止めてくれ。俺はカーズだ」
「おっと悪い悪い、ならカーズよろしくな!」
声もでかいなー、豪快な奴だ。
「じゃあじゃあ、エリックがやるなら私も試験監督やるわ! 魔法の部門は私が担当する! 気になる新人はチェックしなきゃね!」
「おい、ユズリハ。遊びじゃねーんだぞ。ちゃんとやれんのかよ?」
どうやら魔法の試験は今エリックと話しているユズリハという女性が担当するらしい。長い耳だが、ここにいるエルフ達よりは少し短い、ハーフエルフってやつかな?
「初めまして、私もBランクの冒険者よ。コイツ(エリックを指さして)とは腐れ縁なの。私は火と風属性の魔法が得意よ。よろしくカーズちゃん!」
手を握ると更にぶんぶんと振ってくる。背丈は女性体のときと同じくらいだ。これぞ魔法使いって感じのローブにハットを被っている。明るい、陽キャって感じだ。
「よろしく、だがちゃん呼びは勘弁してくれ」
「あっははー、ごめんねー。可愛いもんだからついね(笑) マリーさん、これで試験はすぐできるわよね?」
「そうですねー、うちのギルドで指折りの実力者だし。人選に問題はありませんね。では試験官はお二人にお任せします。ではその前に魔力量を測定させてもらいますね」
マリーさんが測定値のような台座に据えられたクリスタルの水晶のような玉を持ってきた。なるほど、これで測定するのか。
「この測定クリスタルに魔力を流して下さい。測定なので全力でお願いしますね」
「はい、やってみます」
クリスタルに左手を置き意識を集中させる、装備に魔力を収束するイメージでいいだろう。瞬間、俺の魔力が渦となって可視化できる程立ち上る。その魔力をクリスタルに集約させたと思った瞬間。
ピシッ! バキキキキ! バリィィーーーン!!!
「「「「キャー!!!」」」
「「「うわあああ!!!」」」
割れてしまった。これはどうなるんだ? しかもみんな吹き飛んだぞ。
「おいおい、マジかよ……」
「こんなの初めて見たわ……」
エリックとユズリハはさすがBランクというか、その場で踏ん張っていた。しかし他の冒険者は魔力の余波で腰を抜かしたり、吹き飛ばされて転がり唸っている。辺りは散らかってぐっちゃぐちゃだ。
「えーと、これはどうなったんだ?」
カウンターの下からそーっと顔を出したマリーさんは、ワナワナと震えて信じられないという顔で俺を見る。そして砕けた測定器の台座の数値を見た。
「測定不可能……。何よこれ……?!」
俺ヤバいことしたのか? 測定器壊しちゃったしなあ。謝っておこう。
「すいません、壊してしまって」
深々と頭を下げる。
「いえいえ、カーズさんの魔力が強すぎてクリスタルが耐えられなかっただけです。気にしないで下さい。測定器は予備もありますしね」
どうやら問題なかったらしい。ならいい、次にもう試験するのかな?
「今から実技ですか?」
俺はエリックとユズリハの顔を見た。まだポカーンとしてるみたいだが。大丈夫か?
「はい、では裏手の試験場に行きましょう」
マリーさんの案内で、俺達は裏手に向かう。
「俺達も見学に行くぜ!」
「私達も行くわ!! なんかすごいことになりそうだし!」
どうやらここにいる全員が見物に来るらしい。参ったな、あまり目立ちたくないのに。
・
・
・
裏手にある、まるで闘技場のような舞台に到着。観客席までついてるし、本格的だな。
「この舞台の上で試験をします。武器は手持ちのものでも、そこに備えられている予備の武器でも構いません。一本入るまでが勝負になります。では少々お待ちください、ギルマスを呼んで来ますね」
そういうとマリーさんは事務所の方へ走って行った。戻って来るまでまだ時間はあるが、とりあえず舞台に上がるか。ほっ、とジャンプして舞台に乗る。さて武器はどうするかな。
同じ冒険者相手にアストラリア流の刃を向けるのはまずい。下手したら殺してしまう。武器の性能が異常なんだ。剣を刃でガードするだけでも相手の武器がスッパリ切れる可能性もある。魔力を流すなんて以ての外だ。
うーむ、回避に回るか、それで峰打ちでいいだろう。武器を壊して続行不能にさせるのもありだな。もしガードするにしても剣の腹で受けよう。刃で受けないように気を付けるか。
「よろしく、エリック。お手柔らかに頼む」
「おう、しかしカーズだったか、見れば見るほど見たことのない不思議な装備だな。それは自作とかそういうやつか?」
ああ、このバトルドレスが珍しいのか。神様が作ってくれたとは言えないしな。
「そうだな、俺の師の手作りだ。動きやすいし防御性能も高い」
嘘は言ってない。アリアには実際師事しているしな。まあ、ボロが出たらまずいからあまり装備やらの話はしない方がいい。
「エリックはそのデカい剣を使うのか?」
自分に興味を持ってくれたのが嬉しいのか、歯を見せて笑う。
「そうさ、この
「そうだなあ。そこの練習用でも使おうと思ったが、エリックの大剣じゃあ折れてしまいそうだしな」
仕方ない、練習用のは鑑定しても粗悪品なのが分かる。エリックの大剣はBランクだ、軽く折られるだろう。
「それは英断だ、そいつらじゃ斬り結んだだけで折れちまうよ。でもお前の獲物はかなりの業物みたいだな。見た感じ普通の剣だが、何となくわかるぜ」
こいつ、中々鋭いな。完全に隠蔽してるはずなのに、歴戦の戦士の直観ってわけかな?
「そうだな、師から譲り受けた」
まあ量産できるらしいし、俺専用だしな。
「お前の師匠はきっとすげえ実力だったんだろうな。何となくお前を見てればわかる。まだ存命か?」
うーん、この世には出てこないから天界か、死んではないが。実力も何も神様だしな。
「この世にはいないな」
「そうか、そいつは悪いことを聞いた。そんな人なら俺も師事したいもんだと思ってな」
あのポンコツ駄女神にか? 悪いけど止めといた方がいいぞ。頭が痛くなっても知らねーよ?
「師は変わり者だからなあ。教えてくれるかはわからんよ」
「そいつは残念だ」
その時ギルドマスターらしき人を連れて、マリーさんが戻ってきた。まだ若く見える、高齢というわけではないが老いているという感じはしない。結構できそうだ。ギルマスだもんな。まあ無闇にやたらと鑑定するのは控えよう。
「ほほう、今日はやけに盛況だな。新人試験にこれだけ人が見物に来るなど前代未聞だ。あの少女のような青年か、皆が注目しているのは」
こちらに視線を送ってきたので軽く会釈をした。
「ふむ、できるな。エリックが相手か、これはこれは……」
「よー、じいさん。ちゃんと生きてたか。カーズは俺の獲物だ、交代とかはナシだぜー!」
「そんなことはせんよ。あとじじい呼びはやめろ。まあとりあえず殺されるなよ、悪ガキ」
仲いいな、ギルマスをじじい呼びって。
「カーズくん、ちょっといいかな?」
おいでおいでと手を上下に振られたので、舞台の端まで進んで座り、顔を合わせた。
「初めまして、ギルドマスター。カーズと申します」
挨拶くらいはしとこう、ここで活動するんだし、悪い印象は与えたくない。するとスッと右手を出してきた。その腕を掴んで握手する。
「ここリチェスターの冒険者ギルドの支部長ステファンだ。よろしくカーズくん」
中々の威厳だ、そして落ち着きも雰囲気もある。やっぱ結構できるな、このじいさん。
「よろしくお願いします。まだ受かってはいませんが。登録出来たら色々とお世話になるでしょうし」
「ふむ……、強く良い目をしておるな。しかも魔眼持ちか。珍しい。頼むから手加減してやってくれ。ではな、儂も外から見ている。あんな馬鹿でも殺さんでくれよ、はっはっはっ!」
魔眼を見抜くとは……すごいなギルマス。年齢からくる観察眼ってとこかな。侮れん。
「てめー! じじい! 誰が殺されるって!? 好き勝手言うんじゃねーよ! すまねえなカーズ、水を差したみたいでよ。思いっきりいかせてもらうぜ」
「ああ、よろしくなエリック」
マリーさんが外から大声で呼びかける。
「では、実技試験開始!」
俺達は互いに剣を抜いて、カツンと合わせる。そしてバックジャンプで互いに距離を取る。さてアリアは寝てるみたいだし。ここは俺自身が上手く立ち回る必要がある。鑑定、エリックのレベルは42。雑魚盗賊よりはよっぽどできるな。だが元のステータスも装備による補正値も俺に比べると遥かに落ちる。まずは回避に回って様子を見るか。加減しないと危ないしな。
<精神耐性SS・明鏡止水・未来視が発動します>
さてどう来る? 2回目の対人戦だ。俺はアストラリアソードを左手に持ち
俺が自分から切りかかるのは武器性能だけでもマズい。スキルも選ばなければならない。だからこそのこの構えだ。アリアめ、まだ寝てやがるな。だがアリアが常にサポートしてくれるとも限らない、俺なりの戦い方を見つけなければならないしな。
「あいつ、エリック相手に構えないぞ。どうするんだ?」
外野の話し声がざわざわと聞こえる。無視だ、これが構えなんだよ。
「よっしゃ、いくぜカーズ! うおおおおおお!」
最初は戸惑っていたように見えたが、まっすぐ突っ込んで来るとは、テンペスト・カウンターなら一瞬で片が付くが、下手したら殺してしまうな。ここは回避に徹する。エリックが振り下ろした剣撃を、すれすれでスッと躱す。
「なっ、まだまだァ――!!!」
エリックは大剣をぶんぶん振り回し、攻撃してくる。だが俺には掠りもしない。斬撃が通る軌跡が先に視えているのだ。それを体捌きと足運びでその場からはほぼ動かずに躱しているんだよ。
ガキィーーン!
地面に剣撃が叩きつけられる。自重もあるため受けるとバトルドレスでなければ大ダメージだろう。だが当たらなければ何のことはない。
「マジかよ、その場からほとんど動かずにエリックの攻撃を躱してるぜ、お前見えるか?」
「いやほとんど見えねー。何だよあの動き!」
俺がアリアから大剣をもらわなかった理由がこれだ。大きいが故に威力はあるが、その大きさ故に攻撃の型が限られる。叩き切るか薙ぎ払うか、ぶっちゃけそれしか出来ない。それ故に至極読みやすいのだ。その上両手で振り回すために隙も大きいし体力も使う。現にエリックは既にかなり息を乱している。
「はあはあ、すげえなカーズ。ここまで避けられたのは初めてだぜ。だがまだまだァ―――!!!」
息を乱しながらエリックが再び突進してきた。では賊共を壊滅させたときに得たスキルでも試してみよう。
<スキル心眼が発動します>
フッと目を閉じる。心眼、目を閉じても他の感覚をより鋭敏にし、敵の攻撃を察知できるスキルだ。しかも視界は360度、死界からの不意打ちにも対応可能だ。寧ろ目を閉じた方がよく視える! エリックが振り回す大剣の動きがより鋭敏に感じ取れる。なるほどこれは便利だ。暗闇で戦うことだってあるだろうし、視力を奪われても致命打になることはない。常時発動させておいてもいいくらいだ。目を閉じたままエリックが繰り出す斬撃を悉く躱す。
「なっ! あいつ目を閉じてやがる!!!」
「おいおい、嘘だろ…。次元が違い過ぎる……」
ヤバい、ギャラリーが騒ぎ出したな、そろそろ終わらせないとな。
「くっ、カーズお前はマジですげーよ。ただでさえ当たらないってのに、更に目を閉じてるのに当たる気がしねえ」
肩で息をしながらエリックが吠える。
「だがな、避けてるだけじゃあ勝てねーぞっ!!!」
上段に構えた大剣を、離れた場所から打ち下ろす。何だ? 武技か?
「いけええええ、
鑑定、衝撃波を扇状に飛ばす技らしい。さすがに大きく避けないと当たるな。瞬時に右手側に光歩で範囲外へと逃れる。その瞬間エリックが眼前に迫る。これは……、どうやら勘で反応したみたいだな。
「ここだあぁあああ!!!」
なるほど、俺が回避する前提で武技を放ち、躱して態勢を崩すと踏んでそこを狙ったのか。こういう戦い方もあるんだな。アストラリアソードの腹で一撃をガードする。くっ、中々パワーが乗った一撃だな、でも俺の狙いはこの瞬間だ。
「アストラリア流ソードスキル」
受けた大剣に自分の剣をススッと搦ませる。弱点看破、大剣のほぼ中心部分が一番耐久が減って脆くなっているようだ。そこに搦ませた剣で一気に魔力を集中させて斬り上げる。
「アームズ・ブレイク」
ガキィイイイイイイイ――ン!!!
入れ替わるようにエリックの武器を破壊しながらその背後に回り込む。エリックの大剣は中心部からヒビが入り、
ピシッ…バキッバリィィ――ン……
と、
エリックはその場に信じられないという顔でガクリと両手を着いた。
「勝負あり! エリック戦闘継続不可能のためカーズさんの勝ちとします!」
マリーさんの声が響く。もはや軽く殺し合いになってたぞ。これ絶対試験のレベルじゃないだろ! 天下一武道会じゃねえかよ!
「「「「「「うおおおおおおおおおお――!!!!」」」」」」
見物客の冒険者達の声が響く。まずいなー、エリック自体に攻撃することが出来なかったとはいえ、愛用の剣を破壊してしまった。悪いことしたな、武具創造のスキルなら創れるんじゃないか? Aランクまでなら作れるはずだ。後で創ってやるとするか。そう思いながらまだ地面を見ているエリックに近づく。
「ありがとう、本気で戦ってくれて。戦い方を色々学ばせてもらった、礼を言う」
そう言って俺はしゃがみ込み右手を出した。エリックは無言で俺の手を取り顔を上げた。
「強いな、すげーぜカーズ。完敗だ。清々し過ぎて愚痴の一つも出ねえ」
「お前もな、今まで戦った相手では一番だったよ」
グイッと引っ張ってエリックを立たせる。エリックは俺の手をそのまま上に突き上げるように引っ張る。勝負の相手を称えるポーズだろ、これ?
「お、おい、何だよ?」
エリックはそのまま見物人達に大声で言った。
「こいつはカーズ! 最高に強え、俺らのギルドにとんでもない奴が来てくれた! お前ら歓迎しろ――――!!!」
「「「「「「おおおおお――――!!!! カーズ!カーズ!!!」」」」」」
ええー、何で? また無自覚に目立ってしまった。まずいなこれは、やれやれ。
「エリック、恥ずかしいからもういいって!」
「硬いこと言うなよ。お前は強い、俺はお前が気に入ったし、文句を言う奴は許さねえ」
ひょいっと抱え上げられ、肩車される。勘弁してくれ……。俺はそのままカーズコールが鳴りやむまで大人しく肩車され続けた。
ただ武器壊しただけだろ……。
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「馬鹿エリック、あっさり負けちゃって情けない。でもあの子の動きが凄過ぎたのは確かね、一体何者なのよ? って次は私が魔法の試験するってのに。もう決まったみたいな感じにしないでよね、全く」
ふふっと笑いユズリハが試験場に向かう。
「どうでしたか、ギルマス、カーズさんは?」
マリアンナに問われたステファンはニヤリと笑い、
「とんでもない逸材だな。Sランクいや幻のSSランクにも届くかも知れんのう。大切にせねばならんな」
確かに聞いた、『アストラリア流ソードスキル』と。しかもあの一撃に込めた魔力量、人類の壁を大きく超えている。唯一神の流派の技を使う少女のような美しき剣士。一体どこからきたのやら。
「ではこのまま魔法試験も見ていくとしようかの」
そう独り言ちて、ステファンはまだ肩車で歓声を浴び、困った顔をしているカーズを優しい目をして見つめた。
黒く重々しい空気が周囲を包む。オロスから姿を奪った恐らくは上位の魔人、その悪魔から呪いの様に埋め込まれた悪を具現化したような因子。倒れた元団長格の2人の体からその禍々しい瘴気が立ち昇る。「クカカ、マダ……終ワランゾ……」 全身をドス黒く染め、赤く目を光らせながらのそりと立ち上がるカマーセ。「ククク、我ラハ王家ヘト……復讐ヲハタス」 同様に立ち上がるコモノー。もはや人間だった面影も確固たる意識すらもない。悪意そのものが蠢いているのだ。体中から瘴気を撒き散らし、辺り一帯を黒く染め上げていく。周囲の人達はそれに飲まれて苦しみ始める。「エリック、魔力を全身に!」「おう、くっ……確かにこいつらと向き合ってるだけで吐き気がするぜ。あの二人から対処法を聞いてなけりゃヤバかったな」 二人は精神を集中させ、全身に魔力の防御膜を張り巡らせる。「クレアさん、周囲の人達を非難させて! 悪意に飲まれるわ!」「魔力が使える奴は自分の周囲に魔力を張れ! 気分が悪くなるぜ!」 二人の大声の指示を聞き、恐怖を振るい去って全力で魔力を張るクレア。そしてそのまま騎士団に指示を出す。「この二人の言った通りだ! 魔力でガードしろ! そして周囲の人々の避難に回れ! 決して近づけるな!!」「「「「「ハッ!!!」」」」」 クレアの声で我に返った騎士達は各々の魔力を発動させ、周囲の人々の避難へと駆け出した。だがクレアは二人の背中から目が離せなかった。「あの二人に何かあれば私が戦わなくてはならん。しかし何だ……あの姿は? 魔人……。彼らは最早人ですらなくなってしまったというのか……?!」 だがその責任感のみで留まろうとするクレアにユズリハが叫ぶ。「クレアさん下がって!! 近くに寄るだけでも危険よ!!」「……っ、ああ、済まない。そうさせてもらう。お二人共、ご武運を!!」 彼らがそこまで言うのだ、大人しく引き下がるしかない。自分の無力さに歯ぎしりしながら後ろへ避難するクレア。「さてこれからがメインディッシュってことだな」「食べ物に例えたくはないわね」 二人が武器を構える。「アリアさんの指示通りいくぜ!」 構えた武器に聖属性の魔力を纏わせる。訓練の成果だ。本来魔導士のユズリハは勿論のこと、エリックも魔力コントロールは鍛錬してきた。「こいつらは正気を失ってる、ゾンビと同じよ
クレアを先頭に騎士団に囲まれながら馬車を飛ばす。飛ぶが如く! 入口はクレアの御陰で苦も無く突破。今は王城へ向けて全速前進中だ。エリックにユズリハは既に御者のおっちゃんの隣で出撃準備も万端だ。俺は馬車の上から探知、鷹の目、千里眼で城下町の街道周辺を探索中だ。街の人々は何事だ?って感じでこちらを見ている。 確かに民たちに元気がない。くそっ、普通に暮らしている人達を巻き込みやがって! そして前方に騎士団が待ち構えているのを捕らえた。「来た! 予想通り騎士団だ、数は約100、鑑定したところ団長も副団長もいる! あと5分もすれば接敵だ、任せたぞ二人とも、それにクレア!」 集中し俺に出来る最大限のバフを三人にかける、アクセラレーション、パワーゲイン、ファイアフォース、ダイヤモンド・アーマー、マジック・リリースにリジェネレーション。三人の能力値が大幅にアップする。「ありがとう、カーズ!」「ああ、問題ない。死ぬなよ!」「ここは任せときな!」 騎士団が前方に迫ると二人は馬車を飛び降りる。と同時に疾風の様に騎士団の間を潜り抜け、エリックは団長のカマーセ、ユズリハは副団長コモノーの前へと駆け出し、一瞬で1対1で対峙する構図を作り出した。いいね、作戦通りだ。「何だ、こいつら!? 一瞬で目の前に」 驚きを隠せないカマーセ。「わ、わかりません、突然目の前に!」「おっと、どうせ王女暗殺未遂なんてベタな濡れ衣で捕獲しようって作戦だろ?」 ニヤリと笑うエリック。「バレバレなのよ。ウチの大将の予想通りね」 おい、大将って誰だよ?「くそっ、なぜこちらの作戦が漏れている!?」 焦るカマーセ。そらバレるっての、それくらいしかネタがねーだろ、ガバガバなんだよ!「おい、お前達! こいつらはアーヤ王ッ、むぐぐ……」 コモノーが声を出せなくなる。「どうしたコモノー?!」「く、口、が……ッ?!」「汚い口は塞がせてもらったわよ。サイレンス。余計な指示など出させない」 おお、ナイス判断、ユズリハ。「こいつ、無詠唱だと?!」 焦る一方のカマーセ。「お前らはここで終わりだ。ウチの大将の邪魔はさせねーよ」 だから大将って誰だよ。まあいい、上手く団長格の行動は
あと約半日、恐らく昼頃には王国に到着する。 俺達は馬車に揺られながら最後の作戦会議中だ。本物のオロスからの情報によると、宰相のヨーゴレ・キアラ、こいつが事を起こしているのは間違いない。しかしひっでえ名前だな、汚れキャラかよ。もうネーミングに悪意を感じる、おもろすぎるだろ。名は体を表すとはいうけどね……。おっと脱線。 どうやら王位に就きたいというような愚痴を常日頃からこぼしていたらしい。オロスはそれを宥めていたようだが、約一か月程前に魔人を名乗るものに襲われ、姿を奪われたということだ。それ以降はその魔人の手足となって動かされていた。宰相のその欲望に上手くつけ込まれたということだな。しかし権力ねえー、いやーほんっとにどうでもいいなあ。 奴らは国を乗っ取るために、急激に税を上げるなどのあからさまに強引な政策を行った。おそらく魔人の能力で人間の僅かな悪意を増長させたのだろう。国民は疲弊し王家への不満が高まっているらしい。 そういった負の感情が魔人には堪らなく美味であり、それらを集めることが魔王復活の引き金に繋がるということらしい。魔人にされていた本人が言う言葉だし、真偽は明らかだ。 そんな折にアーヤの単独の公務での中立都市訪問が重なったため、中立都市近郊の盗賊共を闇魔法で操り、国外での暗殺を謀ったということだ。そしてこの責任を中立都市に押し付け、国内に混乱を巻き起こして国民の不満感情を煽ることで反乱を起こし、配下の騎士団、その団長カマーセ・ヌーイと副団長コモノー・スーギルに王族を暗殺させ、一番末の王子ニコラス、まだ10歳にも満たないらしい、その子を国王とし、傀儡政治を行おうとのことだ。 だが、アーヤは俺が運良く救出したため、その策略が頓挫した。どっちにしろ結構お粗末な陰謀だ。古代の文明レベルだよ、俺からしたら。しかも自分は王になれねーじゃん。古代文明並みの超低レベルな策略、アホ臭い。ということで恐らく次の策謀を考えているであろうということだ。しかし今度はかませ犬に小物過ぎかよ、一発芸人かこいつら? クラーチの人の名前ってネタなのか?「プププ、クラーチの人は変わった名前が多いんですよねー」 とアリアは笑っていたが、変のレベルじゃねーよ、悪意しか感じねーよ! 出会ったら笑ってしまいそうだわ。既にエリック達はバカ受けしてるしな。しかもギグスとヘラルドに、「お前
「オロス、アーヤ王女の暗殺に失敗しただと! 一体どういうことだ!?」 激高した表情で怒鳴りつけるまだ20代後半の男。国の政務を一手に任され、若くして宰相の位まで上り詰めた天才と言われるヨーゴレ・キアラ。しかし若くしてその才能を発揮するも、それ以上の権力、王族にはなれないことが野心家の彼には我慢ならなかった。「ククク……、どうやら中立都市の方で邪魔が入ったようで。更に帰還中も中々やり手の冒険者共が護衛に就いているようですな。いやはや、ゴロツキ共には荷が重かったようですなあ」 オロスと呼ばれた男はさも愉快であるかのように笑う。その動きはどう見ても人間の動作にしては薄気味悪い。もちろん魔人が入れ代わったものだ。本物は既にカーズ達に保護されている。「おのれ、腐った王族共が……。運がいいことだな」 どれだけのことを成し得ようとも、世襲制である王家を差し置いて自らが王になるなど不可能なことだ。ただの穀潰し、王族に生まれたということで何もかもが約束されている。何の苦労もせずに王位を継ぎ、そんな奴らに頭を下げ続けなければいけない。次の王に相応しいのは自分のような人間であるという過剰に狂った自意識。そんな彼が魔人に付け込まれるのはある意味当然の末路だったのだろう。「クククッ、どの道あの小娘もここに帰ってきます。恐らく証拠の類を持ってね。如何にして切り抜けるおつもりですかな。監視につけていた私の部下も捕らえられたようで、いやいや、中々の手練れですなあ。お見事お見事」 オロスを名乗るその男はこの混乱を楽しむようにヨーゴレを煽る。「お前の案に乗ってやったというのに……、このままでは王女が帰還したら全て終わりだ。何か案はないのか?」「ではまた騎士団を使いますかな? ここのところの不況もあって国民の王家への不満は高まっておりますしなあ。まあその状況を作ったのは貴方ですがね、ククク」「騎士団をどうするつもりだ? 下級騎士を無理矢理護衛に任命させたことで内部で分裂も起きているのだぞ」「ククク、ではその不満分子共、あの女副団長には軍を率いて遠征に出てもらうことにしましょう。魔王領の調査という名目でね。国王の命もあと僅か、騎士団が分裂すれば大魔強襲の守りは手薄になる。その混乱に乗じて国民の不満を逸らすために全ての責任を王家に負わせ、抹殺すれば良いではないですか
さて、約束の日になった。俺はエリック達、それと俺の師匠兼姉設定のアリアと共に、ギルドマスターの部屋でアーヤ一行と最後の打ち合わせを終え、馬車へと向かうところだ。「カーズ、そしてアリア殿、王女とこの馬鹿共をよろしく頼むぞ」 エリックにユズリハ、酷い言われようだな。それだけ付き合いも長いんだろうしな。「「うっさい、ジジイ!」」 この二人、やっぱ息ぴったりだな(笑)「はーい、お任せあれー」 軽いアリア、平常運転だ。冒険者登録はしてないが、俺の姉で師でもあるとのことでステファンも同行することに異議はなかった。お主の師なら問題ないじゃろ、ってことだ。エリック達が強く推薦したのもあるけどね。「わかりました、やれることはやってきます」 馬車で待っていたのは護衛の2人、優男のギグスに、大柄なヘラルド。騎士の鎧に身を包んでいる。「久しぶりだな、嬢ちゃん」「息災で何よりだ」 説明が面倒くさいので、俺が男だと魔眼で認識を書き換えておいた。それでもギグスの嬢ちゃん呼びは変わらないのだが……。「ちゃんと護衛の任務は果たしたみたいだな」 俺の皮肉にも笑ってくれる、やっぱいい奴らだなこの二人。エリック達ともすぐに意気投合したようで、問題なく馬車に乗り込み、旅はスタートだ。騎士と冒険者とか、いがみ合いがありそうなテンプレ展開を予想してたが、この二人はそんな態度は取らずに楽しく対等に話している。 アーヤの側には侍女二人が付き添っているため、俺は特に話してはいない。必要があれば通信で会話はできるしな。 それよりもピクニック気分ではしゃぐ姉設定の女神が隣でとてもウザい。とにかく俺にベタベタしてきて、実にうるさい。食い物与えとこうかなあ。 そのせいでアーヤからは姉とはいえ微妙なジト目で見られている。なんだか実にいたたまれない、だが見た目は双子のようなものだし、誰も疑うことはないけどさー。静かにして欲しい。 それに結構豪華な馬車だがやっぱり揺れる、現代の車で快適な運転をしてきたせいでとてもお尻が痛い。フライで少し浮いて衝撃が来ないようにした。痔になりそうだしな。 俺は常に周囲に探知を張り巡らせて索敵しているし、馬車にもアリアが厳重に物理・魔法結界を張ってくれた。奇襲を受けてもまず確実に跳ね返される強度だ。 クラーチ王国に入るまで約3日、必ず奇襲があるということは、ハ
3日が過ぎた。俺達は約4日後の任務に備え、毎日クエストがてらに街から離れた場所で鍛錬中だ。要するに毎日アリアにしごかれてるってことだ。毎回俺は死にかけてるけどね。1日1回の致死ダメージ無効の加護があるとはいえ、アリアは稽古中は容赦ない。毎日1回死んでるのと同じだ。今日は残り日数から計算して中日になるので、休息しようということだ。 目が覚めると、アリアはいつも通り女性化した俺にしがみついている。確かにこの体の状態だと女性的で柔らかいので気持ちがいいんだろう。だが毎日抱き枕にされるのも勘弁して欲しいものだ。 同じベッドで寝ててそういう気分にならないのかって? ならないね、全く。まず俺は女性に対してあまり良い思い出がない、だから基本的に関心がない。そしてこの寝相の悪い女神は確かに美人だが、俺と似たような外見だ、更に中身もぶっ飛んでいる、手に負えない。そんな相手に劣情は抱けないだろ? 下手したら俺が襲われると思う。 まあそんなとこかな。あ、でもおっぱいは素敵だと思う。唯一女性の崇めることができる点、それがおっぱいだ、どこの世界でも世界遺産だと思う。はい、説明終わり! てことで俺にこんな厄介な因子を植え付けたこいつはギルティなんだが、恩人でもある。邪険にはできないんだよな。 因みに、まだ寝ているときのコントロールは上達しない、全くダメだ。王国までの恐らく泊りがけになる任務に臨む前に何とかしたいんだが、全くダメ。「笑えるほどにセンス0ですねー」 毎回鼻で笑うこいつにはその内何かしらのお仕置きだ。しかし参った、せめて胸が目立たない大きさならいいが、女性体になると邪魔になるくらいの巨乳になるのだ。隠しようがない。 一人部屋になるか、せめてアリアと同室ならいいが、王国までは馬車で約1週間の道のりになるらしい。馬車で寝泊まりするってことだ、非常にマズイ。もういっそバラした方がいいのか? いや、エリックは笑って済ますだろうがユズリハには絶対おもちゃにされるに決まっている。 おっぱいへの崇拝のせいでこんな変化になってしまったのだろうかね。拝むのはいいが、拝まれるのは御免だ。残りの時間練習するしかないな。 だが今日は1日オフだ。転生してこの数日ずっと鍛錬にギルド依頼と、ぶっちゃけバトルばっかりしているんだ。折角の異世界なんだし一人で街をぶらぶらと探索するのもいいだろう。